今日も私獣医学生は、ハムのように生きる。

獣医学生奮闘記 南の方からやって来て今年で3年目。心くらいはあったかくして過ごしたい。

道端からのおすそ分け

最近、気泡が入っている小瓶を探していたのですが、

可愛いのを発見。(*´ω`)

 

 

 

 

帰り道に赤い木の実がたくさんなっている道があって、そこからおすそ分けしてもらいました。

札幌はすでに寒いけれど、小さな赤い実は心を温かくしてくれますね。

 

勉強して、お茶飲んで、ゆっくり寝て、小さな幸せに感謝です。

きっと明日も晴れる。

 

 あの人の

  背負う何かを感じては

 辛い夜さえ

  乗り越えられむ

 

ひとりで突然不安になる夜もある。

なぜか悲しくなる時だってある。

でも、

きっといろんな経験をしてきて、いろんな寂しさを知っている人だからこそ、「あなたは一人じゃない」って言葉が、深く私の心に沁みわたって、今日も私を救ってくれる。

 

大丈夫。だいじょうぶ。

きっと明日も、光が出るよ。

 

 

 

 

獣医師の血

一週間にわたるインフルエンザの休みが明け、昨日から、また学校に行っていました。

部活は体のことを考え、一時休部することに。

だから、もう勉強が好きにできると思ってたんです。

でも、何も頭に入ってこない、教科書も読めない、それどころか教室にいることさえが苦痛に感じたのです。なんだか、みんなと私が違いすぎて。

鬱の私はそうじゃないみんなといる世界が違うように感じたのです。

ついこの前まではああやって笑ってたのに、それさえもできない。

みんなはテストの話をしていて、聞きたくなくて、ひとりイヤホンを手に取っていました。

眠いけど、別にいやとも感じていなかった授業に出るのさえつらくなった。授業というより、あの空間にいるのがつらかった。

まさか私がこんな風になるなんて思いもしてなかったから、そんな私に気づいたことが、一番ショックだった。

 

さすがに、やばい、実習だって始まる、どうしよう、どうしよう、さすがに、どうしよう……

そればかり、頭をぐるぐるしていました。

 

そんなこんなでやってきた今日、普段からお世話になっていた先生に、相談しに行ってきました。

大学の先生に相談というのもなかなか勇気がいりましたが、いつも実験をさせて頂いている時間に、相談させとほしいと。

先生は静かに、私の話を聞いてくれました。

たくさん励ましの言葉をもらったので、あげたらきりがないのですが、印象に残ったのは、「大好きだったはずの獣医の勉強ができない」といったときに、先生は「絵描きが、絵が描けなくなる感じか、」といったのです。

先生はとりあえず休んで、今日はジブリでも見たらとおすすめしてくださったのが「魔女の宅急便」です。

 

私は一度も見たことがなかったので、とりあえず、ゆっくり、シチューを食べながら見てみました。

とても、今の私にとっていい映画でした。

キキが魔法を使えなくなったとき、絵描きの女性が言ってた言葉。

 

絵が描けなくなったら取り合えずがむしゃらにやってみる、それでも出来なかったらいったん止めてみる。

そしたらいつかまたやりたくなる時がくるから。

 

ああ、そうか。と思いました。

テストだから、やらなきゃやらなきゃにとらわれない。

 

先生は、この際、今回は捨てて期末で何とかすればいいじゃん。別に、テストなんか忘れればいいさ。

休んじゃえよ。ほら、今回の病気を理由にしちゃってさ、と笑って言ってくれました。

 

あなたなら、その時が来たら必ずできる。だから今は難しいこと考えないで、自分が落ち着ける方法を探すんだよ、とも先生は仰ってくださいました。

みんなそれぞれでいろいろ抱えてる。決してあなたは一人じゃないんだよ。

 

魔女は呪文で飛ぶんじゃない。血で、飛んでいるんだって。

パン屋にはパン屋の、絵描きには絵描きの、獣医師には獣医師の血が、流れているんだ。

 

 

 

 

私は先生との、沈黙の時間が好きです。

沈黙が、私たちに考えたり、逆に脳を休ませる余裕を与え、落ち着いて、本音で話せます。

私には安定しているように見えていた先生でさえも、毎日が不安だと仰っていました。

 

そう、私はこんなに不安で、情緒不安定で、意味わかんないけど、でも、一人じゃないんだ。

先生の、一見適当に見えて、学生のことをとても考えていること、いろんな寂しさを背負っていること、でも、大切なものはちゃんと大切にしていること、すごく、感じます。私はそんな先生が大好きです。

こんな私に寄り添ってくださったこと、本当に感謝しています。

出会えてよかった、相談してよかった、好きでいてよかった。

 

いつか、その恩がいろんな形で、ちゃんと返せたらな、と思います。

 

今日はうつさんがずっと居座ってました。

やっと、記事を書く気になれた。

今日は朝からちゃんと晴れているにもかかわらずうつの症状はひどいものだった。

まず、何もやる気が起きない。

部屋をかたずけることももちろんやらなきゃいけないと分かっている勉強も。

テスト期間中の獣医学生にとって勉強に集中できるかどうかはどれだけ死活問題かは当事者にしかわからないことだろうか。

 

結局何もできず、ただただつらいという感情だけが私を支配し、しょうがないのでもともとインフルエンザだからいけないと伝えていた獣医親睦会に出席していた。

そこでは気が紛れた、という感じだろうか。

帰って映画を見て、ちょっと気分が落ち着いて記事を書いている。

鬱というのはこんなにもつらい病気だったんだな。

本当に、つらいな。

早く、いつもの、元の私に戻りたい。

今できることは、何に対しても、もう、本当の意味で、悩まないこと。

悩みごとの9割は起こらない、を信じよう。(笑)

テストも、どうにかなると信じよう。

どうにもならなくても、大丈夫だ、と信じよう。

鬱を嫌がるんじゃなくて、鬱にもやさしくしてあげよう。

うつもきっとさみしいんだ。

しょうがないから、しばらくの間、いっしょにいてあげよう。

しょうがないから、もう、受け入れてあげよう。

みんなに理解されなくてもいい、私が鬱とちゃんと一緒にいてあげよう。

「がんばる」ことに、にげるな。

先週の土日で部活の遠征で東京に行ってきました。

12時頃に寝て朝4時5時起きの日が続いたことと、東京と北海道の気温差からか、こっちに戻った月曜日、インフルエンザにかかってしまいました。

水曜日、金曜日とテストがある中のインフルエンザは私にとって大ダメージでした。

幸い、公欠は取れましたが、勉強も何もできず、また、これからまだまだテストが重なってくることを考えるとベットの中は絶望に満ちていました。

きっと、鬱のせいで精神が弱っていたこともあったからだとも思います。

Twitterを見るとみんな明日の試験に向けて頑張っている……

 

やばい…

もうだめだ……

 

つい、こんな風に考えてしまうのです。

獣医の勉強は好きなのに、それも全然できてなくて、試験が近いのにという焦り…

 

こんな時も、ある本の言葉が私を救ってくれました。

 

 

「がんばらない」って、とてつもない勇気がいること。

「自分は大丈夫」って、信じる勇気をもつことだから。

「がんばる」ことに、逃げるな。

 

 

鬱になる前までは、「頑張ること」にこそ価値があると思っていました。というか、例えば何かで一位になるにはそれ相応の努力が必要で、逆に、努力しなければ一位になる資格がないというか、そういった感覚が潜在的にあったように思います。

 

例えば、頑張って練習したけど最下位だった人がいたとき、もし私がほとんど努力せずに一位を取ったら、私にとってとの一位はあまりうれしくないというか、意味のないように感じてしまうところがありました。

 

「誰よりも努力した先に一位という栄光がある」そういった、一位という栄光を喜ぶための凝り固まった条件付けを知らぬ間にしていたんです。

 

逆のことを言えば、ある程度結果が伴わなくても「努力」したのならその分自分を慰められる。

「がんばる」ことは私にとって、結果がどっちに転がろうと、「自分を認める」ことにつながっていたんですね。

もちろん、頑張る過程は大事です。自分がやりたいことに向かって努力することも大事です。

でも、だからと言って、「頑張らない自分」がうまくいって、悪いわけがないんです。

別に、頑張らなくてもうまく行っちゃうときがあるんです。

それが連続で続いちゃってもいいんです。

自分だけラッキー、でも全く問題ないんです。

だって、幸せになるのに、条件なんてないんだから。

努力した人こそ報われる、でも努力しない人だって報われる。

だって、努力って人それぞれ値も基準も違うでしょう。もともとの能力だってちがうでしょう。だったら、やりたいときに、やりたいことだけやればいいじゃない。

やれないときに、やりたくないことを無理して「がんばる」な。

 

「がんばることに、にげるな。」

 

私の今までの「全力主義」を覆す言葉でした。

全力でやっていい。

でも、全力でやらなくてもいい。

 

周りの人がどんなに頑張っていようが、焦る必要なんて全くなし。

まずは健康体にちゃんと戻る。それが今の私にとっての幸せだから。

 

私の体を一番に考えよう。

 

今日も私はハムのように生きてゆきます。では。

お、薬が効いてきたか?

なんか、今日は比較的調子が良かったです。

また薬が効いてきたのかも。

薬が効いてるとね、いろんな本読んで、こう、考え方を変えればよかったんだ。って気づけて、もっと生きるのが楽になるんです。

だから、もう、大丈夫だって思っちゃう。

うん、確かにもうその時点で変わったし、きっともっと自分を大切にできるはず。でも、そこですぐ薬を辞めちゃうとまた鬱っぽくなっちゃう。

なぜならこれは病気だから。

骨折して、骨がつながったからってすぐにいきなり動かせばまた壊れちゃうでしょう。

それと同じ。

何かが原因で、頑張りすぎて、無理して、んで自力で回復できなくなっちゃうのがうつ病。原因を取り除いたからって治るもんじゃないんだ。

だから、つらくなくても、大丈夫だともっても、しばらく薬を飲んで、様子を見よう。

 

これは、本当に病気だから、薬で効いてくれる。

 

 

今日はまたいい本に出合えた。

頑張る、を美徳にするの、やめます。

誰よりも、自分を大切にします。

好かれようとするのも、やめます。

人に、迷惑をかけます。

私の好きなことをします。

私の中の常識を、覆します。

楽しいことをしていきます。

こうあるべき、を捨てます。

私が幸せであることに、条件など必要ないのです。

楽して幸せですけど、なにか?(笑)

 

存在だけで、価値があるんだから、変に好かれようとしなくていいんだよ。

ほら、猫を、ハムを、見てみろよ。

いるだけで、かわいいだろ?(笑)

一過性のうつ病

二週間前、神経クリニックで出された診断名でした。

原因は部活でのストレス。きちんと言えば先輩にからの重圧、後輩へ注意した分自分が頑張らねばという責任感から、部活が終わった後も夜10時まで残って自主練し、大量の勉強を夜3時までやるような生活を送り、それでももっと頑張らなければ、もっともっとと、いつの間にか限界を超え、ぷつっと切れてしまったのだと思います。

こんなに頑張っているのに、誰からも認められない、むしろお前はまだまだだといわれているようで、大好きだったはずの部活が文字も見たくないくらい、つらいものになりました。

この話は夏休みの前のことで、一か月も部活が休みだったのできっとこの思いも消えるだろうと思いました。

でも、駄目だった。

練習に行くと自分でもバカだって思っているのに、なぜかいつも先輩に責められているような気がした。

無理に無理を積み重ねて、いつの間にか回復できなくなっていた。

いつもつらい。

なぜか涙が出る。

でも、大会も近い。学校の試験だってある。最近心配な後輩もいる。先輩だって新幹部になって大変だ。こんなこと言ってられない。

 

私がしっかりしなくては。

 

二週間行くかどうか悩んでやっと行けた神経クリニック。

正直、うつ病だと言われてほっとした。

気持ちの持ちようじゃなかった。こんなにつらいのは病気のせいなんだって。

 

薬の効果は想像以上のものだった。

朝、自転車を止めながら、あぁ、そうだ、鬱の前はこんな感じだったと気分がとても楽になった。

部活も日に日に前向きになっていくことができて、一週間後、神経クリニックで一応3週間分の薬をもらったけど、もう飲まなくて大丈夫だと言えて、本当にうれしかった。

だけど私は甘かった。

 

三日後、再度自力ではどうにもならない落ち込み、不安、無気力が襲ってきた。

薬を飲んだ。

全然効果がないように感じる。

勉強ができない。涙が出る。

つらい。つらい。つらい。助けて。

 

それが、昨日でした。