今日も私獣医学生は、ハムのように生きる。

獣医学生奮闘記 南の方からやって来て今年で3年目。心くらいはあったかくして過ごしたい。

抜け出せない、部活動ジレンマ

二か月ぶりの投稿。

私は新学期が嫌いだ。あの、妙にそわそわした感じと妙に慣れない空気感。

私がそれらを感じる、というより新入生のそわそわ感が私にも伝わってくるから嫌なのだろう。

でもその嫌悪感も、研究室に通っていたおかげで2,3日という最短日数で終わった。

研究してる時はなんだか自分らしくいられるからだと思う。感謝。

 

さて、私はここ二か月間、非常に悩んでいることがある。

 

ー部活を辞めるか、否か。

 

私は週5日の武道系の部活に所属している。今は3年目だ。

 

まず、なぜ辞めたいのか。

練習がつらい、きつい、そんなことは3年目にもなって悩む種ではないことはお分かりいただきたい。むしろここまで来たのだから辞めたくないに決まっている。前提として続けたい気持ちは強い。

しかし、だからこそ悩んでいる。

 

今の部活の環境にいると自分が自分らしくいられない。

 

先輩も後輩も同期もとても好きだし、何より、今やっている武道が好きだ。

しかし、週に1,2回、私は部活に行く前に動悸がすることがある。

今から部活に行くのだと考えると鼓動が早くなり、気管が締め付けられるようになり、呼吸が浅くなる。

怒られるわけでもなく、人間関係に悩まされているわけでもない。しかし何かをとても恐れ、プレッシャーを感じていた。それがどこからのプレッシャーなのか。

 

いろいろと悩んで出た結論は、「部活に対して100%の気力で臨めなくなった私を部活に出る者として自分自身が許せない」ということだった。

 

練習中、監督やコーチ、同期から責められているように感じることがある。

誰も何も言っていないのに、だ。多分この現象を心理学で「投影」というんだろう。

一年生の時のように部活が最優先、という気持ちが薄れた自分を、私自身が責めているから、他の人からも責められているように感じる。

 

健康、学業が最優先事項で、今の私にとって部活は優先順位で最下位レベルである。

それは嫌いだから、とかではなく今私が優先させたいものの順位で部活は低い位置にあるだけのことで、逆にこのくらいの距離感が一番本気で、心地よくできるところなのだ。

人間関係も一緒ではないだろうか。相手によって心地よいと感じる距離感は違うし、同じ相手であっても時間とともにその距離感は変わる。

好きだから距離感が近い、嫌いだから遠いではなく、どんな人も好きでいたいから人によって距離感が変わるのだ。

 

だが、部活は週5である。時には土日も返上する。

今の私にとっては距離感が近すぎる。

でも、それが部活だ。

部活としての規律を守るなら、私はやめるべきなのかもしれない。無理に続けると嫌いになるからだ。

でも、私は今やっている武道が好きという気持ちがある。だから、その点でいうと辞めたくない。毎回出る必要はないと自分に言い聞かせれば、以前のようにはいかないが、部活を続けることが出来るはずだ。

それとも、もっと柔軟に考えることで、続けながらも距離感を心地よい所に保ち、部活としての規律を大切にできるような他の方法があるのだろうか。

 

部活としての規律を守る事を優先させて辞めるか、武道が好きという気持ちを優先させて続けるか、それとも白でも黒でもない、ほかの色を見出せるのか。

 

このジレンマに蹴りをつけられるのは、いつになるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

感情に振り回される毎日に対する嫌悪感は、反抗期の時父親に抱いたそれに似ている。

よく、感情を自分でコントロールできればいいのに、と思う。

 

嬉しくなりたいときに、不安になったり苦しくなったりイライラしたりする。

そんな時、感情が沸き上がって初めて自分の本心に気づくことも多くて。

自分に裏切られたようで、虚しくなることなんてもう何回やり過ごしてきただろう。

ああ、なんで人生思った様にならないのかと嘆いてまた次の朝がくる。

 

でも、なんでだろうか。

 

私のために時間を作ってくれて、私の成長を温かく見守ってくれる人がいる。そこにはもう、感謝しかなくて、その人の温かさを感じるたびに心があったかくなって。

それだけで、昨日まで灰色がかっていた世界が、なんとも愛おしく、かけがえのないものになる。

 

ほんの少しのことで色んな感情が出てきて振り回されて、嫌になることばっかりだけど、知らぬ間に今が尊く見えてしまうのもやっぱりお前のせいであって。

 

 

結局今日も私は、感情に振り回される日々を嫌いになれなかった。

 

 

すみませんが、ここに吐きます。

気まぐれに優しくしてくれる人ってずるい。

こっちが好きなのも知らないでいつも気まぐれに。

あの柔軟剤のにおい、声、包容力、優しさ、懐の大きさ、もう大好きだ

好きでいるのもつらい、無関心になるのもつらい。

ひどい。

本当、ひどい。

抱きしめてほしい。本当最低。ひどい。

なんでこんなに。ほんとに。意味わかんない。

まーーーーーーーじで。

まじでよ。

この、なんていうか、特別扱いされたい欲、どうにかしてほしい。

恋人になりたいわけじゃない。

たぶん。

ただ、あの人の、特別になりたい。

もう半年ほど戦っているこの気持ちの正体はまだはっきりとよくわかっていないから困る。

ふざけんなよ。

わけわかんねぇよ。

 

はぁ。

論文読も。(笑)

うつは、自信のなかった私をちょっとだけ、救ってくれた

やっぱり家は最高だなーと思う今日です。

というのも、札幌は現在90㎝を超える50年ぶりの大雪だそうで、JRもすべて止まり、そんな中バスをつないで札幌駅からいつもなら15分のところを3時間かけて戻ってきたところなんですね。(笑)

 

最近はうつの薬も忘れてきて、飲んでない日が続いています。

フェードアウトしてきた頃が治り時だそうで、私もやっと、そろそろうつから卒業出来そうな感じです。

「うつ」を通じていろんなことを感じたけれど、何より、うつになったことは私の体からの警告だったのかなって思います。

 

「もっと、自分を大切にしろ。」

 

うつの間、ずっと私の体から、そう言われているように感じました。

部活から帰って勉強して夜2時に寝て、学校では体が重すぎて授業に集中もできず、寝ても取れない疲れに見て見ぬふりをして毎日を過ごす……

「若さ」に頼って、ちょっとくらい無理しても大丈夫だと、自分の体のことなんて考えなかった日々でした。

 

それに精神面でも、自分では気づかなかったけど、いつもどこかで他人と比べては落ち込むような、そんな私だった。

「どんな時も、好きな自分でいる」

これは自信のなかった私がいつでも自信を持って生きたいと思い掲げた、私の人生のポリシーみたいなもの。

 

価値観は人それぞれだけど、私は私が良いと思った理想を追いかけて、「好きな自分」でいようと思った。

 

でも、価値観が人それぞれ違うように、理想だって、自分の中でさえ、流れるように変わっていく。

昨日良いと思ったものが今日はそうでもなかったりする。

流れる理想の中で、必然的に「好きな自分」だって変わってくる。

「好きな自分」が変わるたびにそうではない自分を否定して、理想を追いかける。

 

私は、いつの間にか、なりたい自分になれない自分を否定して、結局自分で自信を無くさせていた。

 

かわいそうに。

なんで自分を一番にかわいがってやれないんだよ。

 

うつになって、やっと聞こえた私自身からの叱責の声。

 

理想を追いかけるのは素敵なことだけど、それで自分を傷つけたら意味がないでしょう。

完璧に出来なくても、思うようにいかなくても、後悔したり、自分を責めるときがあっても、それも含めて全部ほかの誰でもない、私なんだ。

 

だから、「どんな時も、好きな自分でいる」ってよりかは、今は

「どんな自分も、好きでいたい」、そんな気分だ。

 

あったかい記憶で明日も優しい気持ちになれますように。

今日は、久しぶりにとっても気分がいい。

 

それはたぶん、大きなテストがまた一つ終わったからだろう。

勉強が好きとは言えども、テストはだいぶ負担だ。特に今の私にとっては。

ここ2か月ぐらい、ぜんぜんやる気が出なくて普段の勉強も怠ってたしね。

 

テストが終わった後の、この何とも言えない清々しさは代えがたいものだ。(たとえまだまだ後日テストがあっても。)

でも、今日はそれだけじゃない。

 

火曜日は授業後にいつもお世話になっている研究室で実験させてもらえる日で、今日は2週間ぶりに実験をしに行った。(前回は諸事情で休み、前々回はうつだということを先生に話して聞いてもらって終わった)

終わった後に、いつもコーヒーと一緒に先生と研究の話やたわいもない世間話などをする。

 

実験ももちろん好きだけど、私はこの時間がとても好きだ。

 

今日のご飯は何ですか~  

今日は最近買った煮込み料理の本があるのでそれ見ながらなんか作ろうと思いますー。

その本がちゃんと良いものだったら良いですけどねぇ…

 

先々週、私の話を聞いたからだろうか、ちょっとしたことだけど、私の体調を気遣うような言葉をかけてくださった。

栄養あるものをちゃんと食べろよ、ということなんだろう。

私には、そんな些細な気遣いがとっても嬉しい。

 

体調を気遣う言葉、それは日常の会話の中で誰にでも簡単に、でもちゃんとそれなりの重みをもって「あなたは私にとって大切な人だ」と表すことの出来る魔法の言葉なんじゃないかと思う。

そのなかでも、ストレートに言うのではなく、会話の中からにじみ出てくるようなものは本当にそう思ってくれているんだなって伝わってくる。

 

メールなどの最後に、

"最近は寒くなってきたから、体調にはお気をつけてくださいね。”

の、一言があるだけでも受け取る側のハッピー度はぐんと上がってしまうのは私だけだろうか。(結局ストレートに言われても嬉しい)

 

 

とにもかくにも、そんな言葉たちが私の心をあったかくしてくれて。

私は、こんなあったかい気持ちを私がもらった様に、ほかの人にもあげられる毎日にしたい。

何より、とってもさりげない所にある人の温かみを、ちゃんと感じられる心を大切にしたい。

 

もう、自信をもって、自由になって、いいんだよ。

料理しても、掃除しても、洗濯しても、どうしても机に向かうとさみしさがこみあげてきて集中できない時だってあるある。

テストだテストだって、焦りもあるけど、今の自分の気持ちを作っているのも自分自身。

だったら、同じ時間を過ごすなら、楽しいほうがいいに決まってるじゃないか。

 

寂しい、つらい、そんな感情に流される時だってあるけど、そんなときはもう、自分の好きなことをしてしまおう。

やりたいことだけやろう。

誰かからの許可なんて必要ない。

 

自分の心地よいほうに流れていく、そんな自分を信頼できる、それが自信ってことであり、本当の意味で、「自由」になれるんだろう。

 

良くわかないけど、不安になったりイライラしたり。そんなときは一回深呼吸して、何も考えずにやりたいことだけやっちゃおう。

 

私は、とりあえず、寝ちゃおう。(笑)

 

私にとっての、愛おしい時間

最近は、淡々と学校へき、淡々と授業を受け、淡々と生きているもこでございます。

 

辛いとか不安だとかの感情に振り回されていた時期からはちょっと離れ、淡々と。

 

やっと前みたいに勉強に集中できるようになり、最近思うのはやっぱり私にとって、生きがいとなるのは獣医の勉強なんだなってこと。

生きがいというか、勉強して、新しい知識が入ってくるといろんな発見があって、生きている心地がするんです。

 

病気が猛威を振るおうと、ものがなくなろうと、入れた知識だけは壊れないしなくならない、一生の財産。

そんな財産を、じっくりゆっくり私の中に溶け込ませていく時間は私にとって今の生活をもっと輝かせる潤滑油のような存在なんですね。

勉強があるから、息抜きも、趣味も楽しくなる。

勉強が好きだなんて絶対にありえなかった小、中、高生時代。

 

獣医の勉強がこんなにも楽しいなんて。

獣医学部に入れて本当に良かった。

 

関わってくれた、いろんな人に、感謝します。